入来屋の歴史

入来屋の歴史は古く、その期限は延享元年の開業で、273年前。
当時入来屋は長崎奉行所が幕府の方針により、唐船貿易品に俵物と諸色の輸出を主にするようにとのことになったので、長崎商人方のうち、帯屋荘次郎、岸八平衛、播磨屋九八郎とともに入来屋新右衛門も加わり計8名にて、奉行所の協力のもとに、全国に手配して俵物、諸色1800貫目を集荷し俵物会所に納入していました。

俵物とは、俵に入れ唐船に輸出した煎海鼠(いりこ)・干鮑(ほしあわび)・鱶鰭(ふかひれ)を言い、諸色とは一般海産物のことをいいました。

さらに、入来屋は長崎商人仲間と共に、唐蘭船によって、舶載されてくる当時としては貴重品であった砂糖、鼈甲、薬種も取り扱い、薬種類は主として大阪近江屋長兵衛商店(後の武田薬品)に送っていました。

安政の開国後は、長崎には、諸外国船の入港が増加してきたので、小麦粉、その他多種類の食料品を輸入すると共に、外国船にも多くの食料を輸出していました。

明治元年、脇山啓次郎が、これらを継承し、大正10年12月、組織を合資会社とし、昭和31年株式会社 入来屋商店に、昭和62年5月に株式会社 入来屋に、社名を変更し現在に至っています。

現在、株式会社入来屋は、延享年間より続けております砂糖をはじめ小麦粉、その他の食品全般、健康食品の卸業として、営業を行っています。

入来屋の歴史と長崎の食文化について(長崎の郷土史家・越中哲也先生より「長崎年中行事抄ー脇山家おぼえ書き」に寄稿していただいた文章)は次のページへ

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